キャンプの夕暮れ時と、子どもたちの感覚世界

大人

「にぎやかな暗闇」を採集する夜

わたしは、満たされたくて、たまに、
夜の渓流キャンプに出かけます。

自然に癒やされるというよりも、
昼のあいだにすり減ったところを
こっそり補いに行く感じ。

そんな感覚に、近いのだと思います。

渓流の川沿いで、陽が落ちるのを待ちます。

視界がいよいよ効かなくなってくると、
あたりが急に変わり始めます。

夜の舞台装置が、ニョキニョキと立ち上がる
そのような錯覚すら覚える瞬間です。

むっとする匂いのような「気配」の濃さ。
それを、皮膚から感じるようになります。

目で見ていたはずの闇が、
いつのまにか、肌にへばりついています。

まっさきに、妖怪かも?とビビる(笑)

白状すると、
そのときのわたしの反応は、いつも同じです。

濃くなった気配に、
すぐ「名前」を貼ろうとするのです。
モノノケ、というような何かが
そこに立ちこめている――と、毛が逆立って、
闇の向こうに主語を貼り付けにいきます。

ふだん子どもの感覚のことを語っている
「採集センサー」の専門家ですが、
臆病なので、川辺の暗がりの気配は
すぐに妖怪のせいになりがち(笑)

断っておくと、
そこに何かがいるのかどうかはわかりません。
五感では感知できない領域や存在は
ひょっとしたらあるのかもしれません。

ただ、多くの場合は、たぶんこうなのです。

あの気配の濃さは、
五感の感知センサーが一斉に立ち上がった、
稼働音と振動の類い、にぎやかさなのだと。

外で何かが鳴っているというより、
内側の装置が全開になった音とふるえが、
わたしの意識を揺さぶっているのです。

感覚が立ち上がる「わちゃわちゃ」

薄明かりが闇に溶けていくとき。
夕暮れと夜明けの、あの移行帯こそ、
深夜よりも何かがにぎやかに動き回ります。

全身の皮膚の毛穴がすべて開くような、
緊張感と高揚感が立ちのぼります。

なぜ、真っ暗な深夜ではないのでしょうか。

深夜なら、目はとっくに諦めています。
だから静かな世界です。

わちゃわちゃするのは、
目がまだ抵抗している時間だから。
もう目は効かないのに、
まだリーダーとしてがんばろうと粘っている。

その、あがきの時間帯でこそ、
気配がいちばん濃くなるのだと思います。

昼と夜の、縁(へり)。

子どもが、いつも真ん中ではなく
縁(へり)に行きたがるのを、
仕事でたくさん見てきました。

大人が縁(へり)に立たされるのは、
こういうキャンプの夜なのかもしれません。

カタチが、リズムに変わる

朝夕の移行帯のなかで、
ごろごろした岩や樹木が、
とつぜん雄弁になります。

昼のあいだ、あの岩はただの岩でした。
名前で棚に並べられた、無口な標本でした。

それが夜、急に喋りだすのです。

足元の、さっきまで踏んでいたはずの岩が、
暗がりのなかでひとまわり大きくなって、
こちらへせり出し、語りかけてきます。

そして、決定的な瞬間が来ます。

影も、星も、わたしたちの肉体も
すべてがゆらめいている
そのことに気づくのです。

カタチではなく、すべてが、
リズムの世界に切り替わります。

昼間のわたしの目は、
世界をカタチで切り分けています。

輪郭、名前、標本。
分けて、固定して、棚に載せる。

その手がゆるむと、
匂いも音も皮膚も混ざり合って
世界はカタチをやめて、リズムになります。

「寄せては返す」を繰り返す
時間のなかの波になるのです。

そのとき、わたしを揺さぶっていたのは、
たぶん、全開になった感覚センサーの
稼働音とふるえのほうでした。

そして、こうも思うのです。

もし、あの気配の半分が
わたし自身のセンサーの音なのだとしたら。
どこまでがわたしで、どこからが夜なのか
その境界もあやしくなってきます。

岩と自分、闇と自分、他者と自分

世界がカタチをほどくとき
その仕切りまで、一緒にほどけていきます。

「子どもたちの感性」を想像する

わたしは思い当たります。

この「わちゃわちゃした感覚世界」のなかを、
子どもたちは、ありふれた日常として
生きているのかもしれない。

わたしが一晩がかりで
やっとたどり着く場所

あの子たちは、そこに立っています。

音感的で、肉感的で、にぎやかで
こんなにも豊かな世界を
日常として生きているのだとしたら。

――正直に言うと、うらやましいのです。

大人のわたしは、
内なる分類装置が強すぎて
自力ではなかなかそこへ入れません。

だから、はぐれるために
夜のキャンプに出かけます。

渓流の陽が落ちれば、
わたしの意識を五感にゆだねて
カタチの世界からリズムの世界へ
はぐれることができます。

わちゃわちゃした混沌と
にぎやかな感覚に満たされたくて
時々、出かけてみる。

だからキャンプの夜は
セラピストのわたしを育てます。

 

  

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