「気持ちを受け止めましょう」
スマホからアドバイスされても
わたしの両手はふさがっている
朝、目を覚ました瞬間から
もう予定がずれています。
子どもは布団から出てこない。
ようやく起きたと思ったら、
着替えたくない。
朝ごはんを出せば
「これじゃない!」と言う。
家を出る時間は
もう過ぎています。
「早くして」
「靴を履いて」
「ママ、遅れちゃうよ」
何度も同じことを言い
最後には
少し大きな声を出してしまう。
そして子どもを送り届けたあと
「ひとり反省会」が始まります。
また怒ってしまった。
もっと優しく言えばよかった。
朝から怒らないお母さんは
いったい
何時に起きているのだろう。
正しさの提案は
いつも人を助けるとは限らない
小さな不安が積み重なると
スマートフォンを開きます。
「3歳 言うことを聞かない」
「子ども 癇癪 対応」
「偏食 親のせい」
すると、頼んでもいないのに
たくさんの正解が並びます。
「子どもの自己肯定感を下げる言葉とは」
「やってはいけない親の対応とは」
「幼児期に身につけたい七つの力とは」
七つもあるのか・・・と少し疲れます。
三つくらいにしてもらえないでしょうか。
もちろん、助けられることもあります。
けれども、朝から何度呼んでも
靴下を履かない子どもを前にしているとき
「まずは気持ちを受け止めましょう」
そう言われても
受け止めるための両手が
洗濯物と通園バッグでふさがっている。
そんなことがあります。
正しい情報が
いつも人を助けるとは限りません。
ときには、正しさのほうが
ワンオペ育児を追いつめてしまうのです。
スマホで検索するほどに
不安な世界は
頑丈な壁で囲まれる
一度だけ
癇癪(かんしゃく)について検索すると、
その後も
似た情報が表示されるようになります。
発達の遅れ
親の声かけ
将来への影響
母親の関わり方
スマホの画面を開くたびに
自分の不安を先回りするような
言葉がずらりと並びます。
本当は、その日、
子どもは公園でよく笑っていたかもしれません。
夕ごはんを一口食べて
「おいしい」と言ったかもしれない。
寝る前に、急に抱きついてきたかもしれない。
けれども不安のフィルターを通すと
「できなかったこと」ばかりが大きく見えます。
子どもは「配慮が必要で心配な存在」になり
お母さんは「理解が足りない親」になる。
厄介なのは
「親自身が閉じ込められている」ことに
なかなか気づけないことです。
しかも、その壁は
自分の不安にぴったり合う情報で
しっかりと作られている。
だから、違和感なくスマホを見続けてしまう。
スマホの検索窓と
都市の電車内の空気は
同じものからできている
スマホの「検索」が押しつけてくることは
いわば「予測可能性」です。
じつは「都市生活」でも
同じものを求められています。
電車の時間、登園時間、病院の予約…
決められた場所で
決められたように振る舞うこと。
人に迷惑をかけないこと。
すべての物事は
「予定どおりに進むことが正しい」
そんな価値観で成立しています。
そんな理想を目指す社会へ
「野生の子ども」が飛びこみます(笑)
急いでいる日に限って
道端のダンゴムシから動かない。
着替えを持っていない日に
水たまりへ入る。
大切な電話をしているときに、
「ママ、見て!」を17回くらい繰り返す。
昨日できたことが、今日はできない。
スマホと都市生活がオススメしてくる、
「予測可能性への信仰」からみると
子どもの野生は「異物」「エラー」となり
無自覚だけど、排除の対象になりやすい。
たとえば
静かな電車の中で、とつぜん歌い出す。
お母さんは子どもを見ながら
同時に周囲の視線も見ています。
子どもを落ち着かせたいというより
その場から親子で排除されないように、
必死になっていることがあります。
スマホの検索窓に不安を打ちこむ指と
電車で子どもの口をふさごうとする手
これらは、同じ動機から生じます。
もう、コレは…
「母の責任をはるかに超えた問題」ですよね!
「無理ゲー」をやっている感じです(泣)
そんなことを
あらためて気づかされた場面では
ワンオペ育児のスマホ疲れを痛感します。
スマホの便利さには感謝しつつ
都市生活の快適さにも感謝しつつ
ちょっとだけ、リフレッシュする。
そんなタイミングのサインです。
時々、ちょっとだけ
社会から迷子になってみる
社会から、はぐれることは
やっぱり、少し怖い。
ほんの小さなことでも
「これでいいのかな」と不安になります。
けれども
その不安のすぐ隣りには
ワクワク、ドキドキもあります。
毎日はぐれなくても大丈夫です。
それでも
ときどき「今日は」と思えたなら。
大人の私たちにとって
あえて迷子になる方法は
人それぞれの自由です。
はぐれかたも、自由です。
無理をせず、ちょっとだけ
自分らしいスタイルで試してみる。
あ、目の前の子どもを見れば
その道の達人であり師匠がいます。
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