ときどき、
「あれ?ちょっと仕事の調子が良すぎるかも」
そう感じることがあります。
保護者との面談で、うまくいった。
子どもとのやりとりが、うまくいった。
周囲からも、よい反応をもらった。
そんな日がしばらく続くと
私のなかに、ある不安が生まれます。
もしかすると、
仕事の型がパターン化している?
勝ちパターンで調子に乗っていると
いずれ大きな失敗をします。
そこで、私は自分のリセットに出かけます。
私にとって、
勝ちパターンを強制リセットする場所とは、
バッティングセンター。
アウェーな空間に浸かる時間
仕事帰りに、素人の私は、古くて薄暗い
バッティングセンターへ入っていきます。
そこは、私にとって非日常の場所。
中央の打席には、
野球経験者らしい常連さんたちが並んでいます。
速くて鋭い球を、黙々と打ち返しています。
カキーン。
カキーン。
乾いた音が、場内に響き渡ります。
その一方で、私は迷わず隅っこの打席へ。
そこなら、目立ちません。
しかも、いちばん遅い球を選べます。
ストライクを頑なに拒否する
ベテラン機械さんとのご対面(汗)
そのバッティングセンターは、
ずいぶん年季が入っています。
設備の老朽化も進み、
機械もときどき故障しています。
お金を入れても動かなかったり、
忘れたころに、球が飛んできたりする。
そして、
球筋もなかなか安定しません。
本来なら、低速の球なのだから、
初心者にもやさしいはずです。
けれど、実際には、ゆっくりだけに、
かえって妙な揺れ方をします。
少し高い。
急に沈む。
無理やり内側に入ってくる。
ずいぶん外へ逃げていく。
どうやらこのベテラン機械さんは、
ストライクを安易に投げ込むことを
全力で拒否しているようです(笑)
素人の私は、飛んでくる球を必死に追いかけて
バットをひたすらに振り回します。
ブーン
空振り。
また、
ブーン
空振り。
球に当てようとするほど、身体に力が入ります。
姿勢は大きく崩れ、全力で振り抜いたあとは
意味不明な格好になります。
一方で、
中央の打席からは快音が美しく響きます。
カキーン。
隅っこでは、
ブーン。
なかなかよい対比の時間です。
打ち返すことはもう諦めちゃう
最初のうちは、
何とか打ち返そうとしています。
球をよく見る。
タイミングを測る。
足を踏み込む。
それらしいことを試します。
しかし、
そもそも球のほうが、
こちらの予想に従ってくれません。
ストライクを取りにこない球を
試行錯誤で迎え撃とうとしても
なかなかうまくいかない。
何球も空振りしているうちに
だんだん、どうでもよくなってきます。
身体の力みが抜けます。
歯を食いしばるのをやめます。
ぼんやりと、一球ずつの球筋を
眺めるように向き合います。
すると、球と私のあいだに、
少しだけ余白が生まれます。
打つか。打てないか。
そういうことから少し離れて、
「飛んでくる球」と「私」が
じゃれあうような時間になります。
偶然、ぴたりと合う感覚が舞い降りる
もちろん、
バットはめったに球に当たりません。
当たっても、足元を転がるばかり。
それでも、ときどき、思いがけず、
きれいに前へ飛ぶことがあります。
私の実感としては、
「カキーン」の鋭い快音ではなくて
「ポーン」という温かい感じです。
私が打ち返したという感じはしません。
こちらの振り方と、飛んできた一球が、
たまたま、一瞬、ぴたりと重なった。
「球」と「私」が、偶然、一つになった。
そんな感覚です。
この一瞬が、たまらなくうれしい。
だから、バッティングセンターでは
説明のつかない偶然のタイミングが
ふいに訪れるのを待つ時間です。
必勝パターンの外へ出てみるチャンス
仕事をしていると、
私たちは、うまくいった理由を考えます。
この言葉がよかった。
この順番がよかった。
この方法なら、次もうまくいく。
再現性を高めることは大切です。
けれど、
過去を振り返ると、うまくいった場面ほど、
想定どおりではなかった気もします。
よくわからないけれど、偶然が味方してくれた。
そんな瞬間が多い。
こちらがすべてを動かしたのではなく、
その場にいた人たちの存在が
たまたま、うまく重なった。
偶然を支配することではありません。
だから私は、
偶然が入り込めるくらいの余白を
その場に残しておきたいと思います。
そして、
そんなことが起こるかもしれない場所に
もう少し立っていたいと願います。
そんなことをぼんやり考えながら、
相変わらず、隅っこで空振りをしています。
バッティングセンターで過ごす、
素人の私のわちゃわちゃした時間は
固くなってきている頭と心を
ゆっくりと溶かしてくれます。
打てる自分を目指して力むことから、
ほんの少し、はぐれてみる。
私には、ときどき、
そんな場所と時間が必要なようです。
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